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情熱かいごびと

漫画家 國廣幸亜(くにひろゆきえ)さん 1 ~介護業界・注目の人

2019年1月8日

福祉の世界で、情熱を持ってキラキラと輝いて生きている「情熱かいごびと」。
今回から、本サイトの連載マンガでおなじみの國廣幸亜さんに、4回連続でお話をうかがいます。漫画家を目指して上京したものの挫折し、介護の道に進んだ國廣さん。
けれど、夢を捨てずに、漫画と介護の仕事を両立させ、今は当時の夢を手に入れています。介護福祉士として、そして漫画家として。どんな人生を歩んできたのか、じっくりうかがいました。ほわほわっとしてやさしい笑顔を想像しながら、インタビューを読んでみてください!

1prof○●○ プロフィール ○●○

國廣幸亜(くにひろ・ゆきえ)さん

1976年5月9日大分県生まれ、愛知県育ち。小学生の頃に漫画家を目指し、高校卒業後、上京。会社員をしながら投稿し続けるも夢に近づけず、挫折しかけた頃ホームヘルパーの資格を取得し、介護の仕事を始める。
1998年、講談社BE・LOVE誌上にて『ささら』でデビュー。以後も介護の現場で介護福祉士として活動し、現在は介護のテーマを中心に漫画を執筆。著書に『介護のオシゴト』(秋田書店刊 1〜4巻)、『マンガでわかる介護リーダーのしごと』(中央法規刊)などがある。

國廣幸亜(くにひろ・ゆきえ)さん公式ホームページ

*掲載内容は取材時(2014年)の情報となります。

『介護求人ナビ』に連載している作品。毎週火曜日に更新している

『介護求人ナビ』に連載している作品。毎週火曜日に更新している

――國廣さんは、5月からこのサイト『介護求人ナビ』で、介護現場の出来事をテーマに、毎週更新の8コマ漫画を描いてくださっていますよね。本サイトと出会うきっかけは……。

介護に関わる人たちが集まるセミナーに出席していまして、その後の飲み会で、サイトの担当の方に話しかけられ、ぜひにと口説かれました(笑)。介護は私の漫画の大きなテーマですし、うれしいことです。

――ありがとうございます(笑)。
そもそも國廣さんは、介護福祉士でいらっしゃいますね。いつごろから介護の仕事を始めたのですか?

2001年ですね。それまでは、小さな印刷会社でオペレーターをしていたんですよ。介護の世界には、専門学校や大学などで福祉を勉強してそのまま入ってくる方と、私のような他業種にいてあとから入り込んだ者と、両方いますよね。

就職する頃は、介護の仕事のことは、まったく考えていませんでした。小学校の頃から漫画家になりたくて、憧れて。高校生ぐらいから投稿を始め、小さな賞にひっかかったりもしていましたので、卒業後は本格的に目指したいと思っていました。そんな話を聞いた高校の先生が、「漫画家になりたいのなら、東京に行っていろいろ見て来い。知り合いに印刷会社の社長がいるから、そこで就職して、社長の家の近くに住んだらいい」と、就職先を紹介してくれたんです。安全な仕事先を紹介するから、収入を確保しながら漫画家を目指せ、と。

いい先生でしょう? ほかの先生には「漫画家か? なれるのか、本当に?」みたいな感じで笑われましたけれど、その先生に励まされて、上京しました。1995年のことです。

――順調に漫画の道に入ることができました?

いえいえ、そんな甘いものではありませんでした。投稿しても、投稿しても箸にも棒にもひっかからず。現実は厳しかったですね……。ありきたりな表現ですけれど、意気揚々と上京してきたけれど「夢破れて」という感じでした。
印刷会社の方も、とてもよくしてくださったんですけれど、私ひとりが若くて、あとはずっと年上の方ばかりだったので、友達もうまくできなくて。その頃、家の電話にいたずら電話がたくさんかかってきていたので、怖くなって電話もはずしてしまったんです。ポケベルの流行も終わりかけた頃で、携帯電話もまだ普及していませんでしたしね、メールもSNSもなかった時代ですから。広い東京で人とつながる手立てもなく、ひとり孤立して、自分の殻に引きこもっていました。

つらくても、実家に帰ろうとは思いませんでした。うちは父親がワンマンで、窮屈だったんです。漫画家なんて、父親からしてみればとんでもないらしく、それを振り切って上京したようなものですから。母親は応援してくれたものの、地元の友達にも「漫画家になるんだ!」みたいに宣言して出てきてしまったので、「絶対に故郷には帰れない、意地でも帰らない!!」と思っていました。
肩に力が入っていましたねぇ。当時の自分に「そんなにがんばらなくっていいよ」って、声をかけたくなるぐらい(笑)。

介護の世界に興味を持ったのも、そんな時期でした。上京して3年、願いが叶う兆しもなくて、この先どうなるのかと不安になってきた頃に、介護というものが急に注目され始めたんですよね。2000年に介護保険法が施行され、この世界が広がる、仕事も広がる、みたいな空気が湧き上がって。その頃には会社を辞めたくなっていたので、ヘルパーの講習の案内を見つけて、飛びつきました。新しい夢が欲しかったんですよね。
あまりに精神的に引きこもっていたので、外の世界に出たいという気持ちも強くありました。

――自分を変えたい、という思いが、介護の世界に飛び込むきっかけになったのですね。

今思えば、そうですね。講習はとてもおもしろくて、講師の先生も受講した仲間もとてもいい人たちで。久しぶりに人ときちんと接してうれしくて。
みなさん希望に燃えてがんばっていたから、「私もがんばろう!」と前向きになれました。やっぱり人と接しなければダメだな、と痛感しましたね。

でも、すぐに介護の仕事を始めたわけではないんですよ。自分の殻を打ち破って思い切って講習を受けてみたら、よくしてくださっている会社のことをもう一度考えるようになって。「まだこの会社でがんばれることがある、もう少しがんばってみよう」って思えたんですね。それに、ちょうどその頃、印刷業界にもデジタル化の波が押し寄せてきて、マッキントッシュ(Mac)のマシンを会社で使うようになったんです。会社も、「國廣さんが一番若いんだから、率先して使ってよ」と言ってくれて、どんどん触らせてくれた。

当初のマシンから何台か買い替え、現在使っているのはこのMac。現在は、手描きで描いてからスキャンして漫画編集部に送る。

当初のマシンから何台か買い替え、現在使っているのはこのMac。現在は、手描きで描いてからスキャンして漫画編集部に送る。

そうして使っているうちに、「あれ、これで漫画が描けるんじゃないかな」と気づいて。当時は簡単なお絵かきソフトみたいなものが入っていまして。それを使ったら描けるんじゃないかと思ったら、ホントにできたんですよ。

実は、夢破れて漫画の手描きの道具も投稿した作品も全部捨ててしまっていたんです。だから、Macに飛びつきました。ほとんどその足で、秋葉原に行って、買ってしまいました。
そのマシンで描いたショート作品を投稿したら、講談社さんの『BE・LOVE』というマンガ誌が拾ってくれたんです。

一歩踏み出したら、いろんなことがどんどん開けてきて。不思議なものだな、と思いましたね。

次回は介護の世界に本格的に踏み込んだ当時の頃のことをお話しいただきます。

 

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