■書名：ひとりで死ぬのだって大丈夫
■著者：奥野 滋子
■発行元：朝日新聞出版
■発行年月：2014年5月20日
>>『ひとりで死ぬのだって大丈夫』の購入はこちら
「これで良かった」と思える満たされた死とは？ 介護職にできることは？
2020年代以降、高齢化率が30％を超えると言われている日本。しかしこれまでは、日本人は死をタブーとして日常から遠ざけてきた。本書は、緩和ケア医として多くの終末期のがん患者やその家族に寄り添ってきた著者が、「死生観の空洞化」に疑問を投げかけ、死と向き合うことの大切さを説いた一冊だ。
本書ではさまざまな死の迎え方が具体的なエピソードを交えて紹介されている。
たとえば、妻の誕生日が自分の命日と重なるのは避けたいと願い、辛い呼吸のなかで「ハッピーバースデイ」を妻のために歌う男性患者、死に装束を用意して緩和ケア病棟に入院してきた女性、他人も自分も許すことで穏やかに死を迎えた女性…など。著者の視線は、一人ひとりの死に対してとても温かい。
特に印象的なのは、著者自身が死生観を揺り動かされたという叔父の「しんちゃん」の死に様だろう。
親から勘当され、日雇いで生計を立てる生活のなか、行き倒れて孤独な死を迎えた「しんちゃん」。当然、身内の誰もがその死を「哀れ」「惨め」と決めつけた。しかし驚いたことに、彼を知る人からは「お幸せな最後ですね」という言葉が返ってくる。大好きな図書館に毎日通い、大好きな図書館の前で倒れた彼の生き方、死に方を「好きなことだけに熱中できたのだから、羨ましい」と。生き方を肯定してくれる人がそばにいた「しんちゃん」は、けっして孤独な死ではなかったと著者は言う。
＜最期の迎え方が問題なのではなく、その人が自分の人生は幸せだったと感じていたかどうかが大切なのではないでしょうか。＞
一方で著者は、「治す医療」にこだわり続けることの悲劇や、死を敗北ととらえる患者や医師の姿などもあぶり出す。
また、「がん」という病気や緩和ケアについて、丁寧にわかりやすく解説し、看取りに向けた家族の心のあり方、その人らしさを支えるケア、残された家族に対する悲嘆（グリーフ）のケアなど、多方面の項目から死を見つめており、非常に中身が濃い。
著者は臨床医として仕事を続けながら、大学院で宗教学について学ぶ。きっかけは、緩和ケア病棟の患者からの「先生、死んだらどうなりますか？」という問いかけだった。答えが見つからないうちに、その患者は亡くなってしまうが、死に向き合って生きている多くの患者が同じように答えを欲しているのではないかと著者は考えたのだ。
＜医療者がもっと人間としての根本的な問題、つまり生きることの苦しみや死の意味などについて考えなければ、医学的知識も治療方法も患者さんには役に立たないと思ったのです。死という命の限界を見つめながら今を生きていくこと、人生の終わりをどうしたいかを考えることは、とても大切なのではないでしょうか。＞
この言葉は、介護に携わる人たちへのメッセージとしても受け取れる。人生の締めくくりに向けた道のりを伴走する介護職が、利用者の気持ちに寄り添うためには、自分自身も人生や死について向き合うことが必要なのではないだろうか。
看取りに関わる人はもちろん、そうでない人にも、一読をおすすめしたい。
＜小田＞
著者プロフィール
奥野滋子（おくの・しげこ）さん
1960年、富山県生まれ。緩和ケア医。金沢医科大学大学院で形成再建外科学を学び、順天堂大学医学部麻酔科学講座に入局。2000年から緩和ケア医に転向。東洋英和女学院大学大学院人間科学研究科（宗教学）で、死について学ぶ。社会福祉法人日本医療伝導会衣笠病院ホスピス、神奈川県立がんセンター、順天堂大学医学部付属順天堂医院緩和ケアセンターを経て、現在、特定医療法人社団若林会湘南中央病院在宅診療部長。日本麻酔科学会指導医、日本ペインクリニック学会専門医、日本緩和医療学会暫定指導医、医学博士、人間科学修士、介護支援専門員。順天堂大学医学部客員准教授。「ひとりになっても自宅で最後まで生きる」を目標に掲げ、地域包括ケアの推進に取り組んでいる。
