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私が転職した理由

気が付いたら介護の仕事が天職だと思うように…転職理由Aさん1

2017年10月4日

服飾系の大学を出て、手芸作家として歩んでいくつもりが、いつの間にか介護の世界へ。人づきあいが好きなことが、A・Eさんをこの仕事に向かわせたのでしょう。
3人の子どもを育てながら介護職や相談員として勤務し、気がつけば20年――。現在は、福祉系専門学校の講師としても、介護に関わり続けています。
その軌跡を4回に分けてお届けします。

A・Eさん(57歳)のプロフィール・転職経験

●介護業界歴…20年

●介護の仕事に就く前…手芸作家、主婦

●介護業界での転職回数…3回

●いままでの勤務先…訪問介護事業所、特別養護老人ホーム、軽費老人ホーム、デイサービス、福祉系専門学校

●保有資格…介護福祉士、介護教員

 

手芸の仕事がきっかけで、介護の世界へ

高校卒業後、アクセサリーや雑貨をデザイン・製作する仕事をしたくて、服飾系大学に入学。
卒業後は、手芸作家のアトリエのアシスタントをしながら、自分も手芸作家になるつもりでした。

しかし、26歳で結婚。3人の子どもに恵まれたのを機にアトリエを退職して、しばらくは子育てに専念することにしました。
手芸作家になれなかったのは残念だったけれど、子どもがかわいくて、子供と過ごす毎日が楽しかった。

ですが、一番下の子が3歳になった頃、「そろそろ家で手芸の仕事を再開してみない?」と退職したアトリエの師匠から誘われました。
自宅であれば少しずつ始めることができます。好きな手芸の仕事ですから、短時間働くだけでも楽しく、子どもたちが寝静まるのを待って、いそいそと針を動かしました。

アトリエの師匠が、ボランティアで障害のあるお子さんに手芸を教えていたので、やがて私も師匠について行って、一緒に教えるようになりました。
子どもがいない師匠は「あなたは子どもたちと楽しそうに関わっているわね」と言ってくれ、そのうち、ひとりで教えに行くようになりました。

その障害児施設は、社会福祉協議会が運営していました。当時の社会福祉協議会は、さまざまな福祉事業を行っていたのです。
当時はまだ、介護保険制度が始まる前で、自治体や社会福祉協議会が、訪問介護や老人ホームも運営するケースが多く、民間の介護事業などはほとんどありませんでした。

私が出入りしていた社会福祉協議会も、訪問介護事業を運営していました。
最初は手芸を教えることがメインでしたが、そのうちに高齢者のお宅にお弁当を届けるボランティアをしたり、事務所で事務作業を手伝ったりして、次第に福祉・介護の仕事に足を踏み入れていきました。

職員の募集もよくしていて、「家庭奉仕員募集」と張り紙もしてありました。当時、訪問介護のヘルパーは、「家庭奉仕員」と呼ばれていたのです。
元来人が好きで、お年寄りも好き。私には向いているのではないかと思い、スタッフに「やってみたい」と立候補。
社会福祉協議会主催の研修会で介護の勉強をしてから、すぐに訪問介護の仕事を始めました。

 

パートでの訪問介護は、おもしろくてメリットも大きかった

まだ子どもたちが小学生だったので、最初は、時間給のパートで働くようにしました。訪問宅と自宅の間を直行直帰で、子どもたちが学校に行っている午前中を中心に勤務。
学校のPTAや面談があれば、仕事よりそちらを優先しました。そんなふうに、自分の都合を優先できる働き方ができるのも訪問介護のよさで、当時はありがたかったですね。
それに、他のパートよりも時給が高かった。
これから学費がかかることを考えても、メリットが大きい仕事でした。

それに、何より仕事が楽しかったのです。
それぞれの利用者さんに個性があり、要望があり、その方が喜ぶ介護を考えて実践することが楽しかった。
「個別ケア」なんて言葉は、当時はなかったですが、まさにその人その人に合わせた介護をしていました。

たとえば、ヘルパー仲間に「バラ園の女性」と呼ばれていた利用者がいました。彼女にとって、一番大事なのは自宅のバラ園。バラ園は彼女の生きがいでした。彼女は、その手入れをするのが一番大切な家事だと信じていました。
それなら、料理よりもバラ園の清掃を第一にしましょう、ということになり、ヘルパーはかわるがわる庭のバラと格闘しました。
いまの訪問介護サービスだと庭の手入れはできないので、違いを感じますよね。

それから、ALS(筋委縮性側索硬化症)の方のケアについて先輩職員たちととことん研究しチームで対応しました。

拒否反応が強くて、「来るな!」と玄関を閉ざす方もいました。
そういう方でもひるまず、玄関の外で「そう言わないで入れてください」と言い続け、ようやく3カ月後に入れてもらえた、などということもありました。

困ったり、悩んだりすることはたくさんありましたが、「利用者さんのかゆいところに手が届くようにするのが家庭奉仕員の仕事」と先輩たちに教えてもらい、少しずつ実践していくうちに、介護の仕事のおもしろさがどんどんわかってきたのです。

この仕事は、毎日予想がつかないことが起きる。何が起きるかわからない。対応次第では生活の質が変わる。それが驚きであり楽しい。
いつしか、介護の仕事が天職だと思えるようになりました。パートの立場から契約社員になったのも、この仕事をできるだけ長く続けていたいと思ったからでした。

次回は、特別養護老人ホームに転職するAさんの心境をお伝えします。

<三輪 泉(ライター・社会福祉士)>

 

●先輩たちの職場選びの失敗事例に学ぼう
→ 「こんなはずじゃなかった…」 転職先選び 私の失敗談

 

●○● 介護業界で転職する時の 基本ノウハウ ●○●

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